卷二十·二十五壬午
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二十五壬午
伪礼政府示云:主上不日东还,该衙门速备登极仪物。
二十六癸未
李自成回京。有朱师钦者,庆藩宗室,为香河知县,弃官走吴桥,伪防御关杰囚之于德州。杰与州牧吴征文,征比饷银,酷急,贡官马元騄,暗相纠结,诸生谢陛,一呼而起,杀杰、征文,出师钦为主,权称济王,移告远近,杀逐伪官。未附者四十余州县。大事记云:兖青登莱等处,坚壁自守。
二十七甲申
贼纵其下大肆淫掠,无一家得免。
二十八乙酉
泊头秀才郭树家富,贼械入京去。
二十九丙戌
李自成称帝。午后运草入宫,处处皆满。
四月三十日自成西奔
丁亥昧爽,李自成西奔。群贼皆从,刘宗敏先与吴三桂战,时已射伤,卧长桌上,用被叠覆手足而出,随来旧官,皆有军护,新用者无之。薛所蕴以宋军师密令得出牌谕,百姓出城避;数十里之外,即遭杀掠。贼先于宫中列炮放火,各私寓亦放火,零贼飞马杀人,百姓各以床几室塞巷口,或持挺突出击之,须臾九楼城外皆火,贼东西驰不得出,至暮胥毙,城外草场之火,与宫中火相映彻,夜如白日。
程源云:贼兵尽从齐化门出,自成仍穿箭衣,但多一黄盖耳。从贼伪官,俱于齐化门叩头,贼传免送,后队至午刻尽出。又云:酉、戌之间,逆闯拥大兵出前门,止留残卒数千在内,放火。三十日天明,宫殿及太庙俱被焚毁,止存武英殿。宫女复逃出无数。大内尚有重大器物,无赖小民于煨烬中取攫无遗。午间,九门亦火,止留大明门及正阳门,东西江米巷一带未烧。盖贼留一面出路也。其未出者,悉为百姓所杀。凡二千余。樵史云:贼焚五凤楼,九门放火,火光烛天,号哭之声,闻数十里。
贼无他伎俩,到处先用贼党扮作往来客商,四处传布,说贼不杀人,不爱财,不奸淫,不抢掠,平买平卖,蠲免钱粮,且将富家银钱,分赈穷民,颇爱斯文,秀才迎者先赏银币,嗣即考校,一等作府,二等作县。时复见选来府县伪官,多系山陕秀才,益信为真于是不通秀才,皆望做官,无知穷民,皆望得钱,拖欠钱粮者,皆望蠲免。真保间民谣,有“开了大门迎闯王,闯王来时不纳粮”等语。因此贼计得售。贼胆益张。只以三四人或四五人便来到任,诡言大兵在后即至,地方官闻风先遁,而伪官俨然南面矣。
贼不识字,其伪敕书告示多别字,如废弛讹费弛,事务讹事骛。有户部吴篪为贼用,复其官,贼每呼其名为吴虎云。
贼兵入城者,四十余万,各肆掳掠,自成或禁止,辄哗曰:皇帝让汝做,金银妇女不让我辈耶?
贼谋劫漕,漕河中涸,贼得花缸,去花以为马槽,无用大者以捣蒜,小者作油盏。
东村老人曰:自成入京,大类赤眉黄巢。盖盗贼之性本,无霸王之略,或者天厌内外诸臣,贪风炽盛,特生此恶魔,以荡涤之耳。
李自成祖墓
先是,陕西参政都任,愤李贼所至掘陵冢,甫莅延安,即拘李氏宗而诘自成父母骸骼何在。初,噤不吐,则大呼吾将尽掘李氏墓。始有报者。掘视则肤色如生,骨且有肉,乃刀锉而粪潴之。
李自成谣谶
宋献策云,我主止可为马上王,溷过几年而已。又云遇秦而兴,遇鲁而亡。又前月掘一石碑云:流入顺河干,陷在十八滩,若要上云天,堕落雁门关。又口谣云:自成割据非天子,马上登台未许年。只后诸谶概可信矣。
李自成铸钱
尝思钱者,饥不可食,寒不可衣,又非耳目之玩好,而乃名之为宝,亦自有说。盖关乎时之盛衰者也。前代无论矣,即崇祯季年私钱盛行,大如鹅眼,每贯八分,予窃谓贱之至此,宝失其宝矣。且钱背俱铸一马形,是隐示崇祯之后,即有闯寇也。然闯寇之不久,亦可千钱验之。昔自成于山西铸钱不成,至京又铸,文转成太昌;又铸九玺,复不成。岂非宝之所在,神有司之者乎?有西安人语予曰:自成之钱既重且大,民间不便;亦不甚。用予问之曰:其钱与今大异,轻重不一,每一钱,有半两重者,作银一分;一两重者,作三分;一两半重者,作五分;二两重者,作钱极轻。五钱起至二两重止。百姓市零星之物,甚为不便,以增减太多故耳。凡用者,俱将钱悬于项上,不许藏腰袖中。及大清兵入秦,百姓悉弃钱于地,而不取,然则通宝者,通行千世。内为宝,人间不行,岂足为宝乎?按民间偶有一二细钱,此假钱,非自成所铸。予闻马瑞之母,见小钱而叹明衰,真有识哉!
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