卷十三·胡光翰战死
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胡光翰,湖广郧阳府郧县诸生,性英烈,处乡里,睹不平事,往往毅然身任之。崇祯十年,流寇猖獗,襄郧为墟,光翰乃约乡父老为抚按陈寇祸,慷慨涕泗,激以忠义。歃血纠集乡勇,立约束而部署之。自是贼过其堡者,相戒不敢犯。会有奸徒管某者,为贼导以坎堡,光翰竭力捍御,久之粮尽,势迫援兵莫发。仰天太息曰:吾纠合诸众,冀得保全乡里父老及宗族子弟耳。今事败,当事素怖贼,脱闻吾等围急,掩耳床下伏耳,岂能相援。死矣,复何道!众皆掩面哭不止。越日,光翰语其徒曰:吾为若先,万一得突围出,即不然,吾往以死当贼,诸君乘间走可也。乃率众冲阵,战良久,贼益四面猬集,力不支,犹手格杀数贼,被创死之。
予闻之楚友云,贼畏死甚于人,诸屠破邑,见众持挺聚立,即诡言若遽释梃,当贷若死,不听,则亦不敢近,有怒焉驰马去耳。使乡野小民,尽如胡公,而当事者,肯犄角设援,则贼安能蹂躏残破,如入无人境乎?胡公败,由管奸,何异李陵事,后先不爽耶。抚议成于熊文灿,枢部杨嗣昌从中主之,遂竭东南之力,不能奏车攻之功。海内用竭,皇陵震动,将祖宗金瓯无缺之天下,断送贼手。呜乎!谁生厉阶,至今为梗,恨不请尚方剑戮佞臣尸也。
贼扰江北
丁丑正月,总兵秦翼明、杨世恩等,败贼于应山,斩级五百。又逐于麻黄间,贼溃为四;一股西犯德安,一股东趋南直,朱大典驰赴之。俄而楚贼尽在江北,而豫贼老回回、闯塌天等,亦自光、固而南会之。苏松巡抚张国维驻师京口,沿江戒严,贼礼醮于大山寺,荐拔亡者,遂分,屯大江、小江、皇甫、常山诸地。沿江营火,夜烛数十里。仪真、六合人民,俱倚檐而立。
当时贼势如此,江左之急可知,然卒保无虞者,斯岂人力欤!曹丕有言,大哉江乎!天之所以限南北也。吾于此益信不然。东南半壁,为贼所糜烂久矣。然民之生于三吴,幸全首领于劫运者,亦天也、命也。不可不自幸也(六月十七日笔)。
左良玉立功骄蹇
丁丑二月,左良玉大破贼于舒城六安,连战三捷。秦翼明败贼于细石岭,擒贼首二人。贼潜窜大山中,张国维檄良玉入山搜捕,良玉新立功骄蹇,不奉调。国维三檄之,始自舒城进发。贼已饱掠出境,凌义渠劾之,诏革良玉职,令杀贼自赎。
贼围安庆
贼至安庆立营,次日攻城。都督洪正春,选卒三千、乡兵二千,使潘中军率之出战,贼合围而杀之,副将程龙以火药含笑自焚死,我兵大败,贼追至城下围之。正春白史可法出兵。可法督士民坚守不战,贼攻城,城上箭炮杂发,伤贼甚众,苦攻十四日不破,贼乃退。十月,入舒城,参将张一龙胜之于昝家冈,获其头目摇天动等。副将孙应元胜之于乌纱山,斌五千余级。太监刘斌率京营兵鏖战,竟日追杀七十余里,号哭震天,杀贼五百四十二级,贼遁入山。十二月癸巳,贼陷灵壁。
陈于王自刎
陈于王,字丹衷,世为武进人。先世以明初从征有功,授苏州卫千户,得世袭。于王幼业儒,身长七尺,万历壬子、乙卯,一再登武科,授守备,擒海盗翁元、李稍等,升崇明都司。复有茶山王王一爵等倡乱,聚众数千,窟穴大海,金山、川沙、柘林等地,几无宁日。官兵剿贼于羊山嘴,势不敌,退泊金山。请檄崇明添兵协剿,于王选舟师数十艘,战贼于羊山殿前,用磨盘铳击之,贼稍却。已而,复持短刀,跃入贼舟,杀贼无数,生擒盗首一爵。余溃散。当道交章荐之,威名日盛。崇祯初,巡抚费文衡补游击;继费者为张国维、及巡按祁彪隹,皆奇其才。时寇氛遍江北,因命于王为游击,守六合;蒋若采为守备,守江浦;互相犄角。斩贼李乘龙等百人,贼宵遁去,复犯宿松,于王弟国计,及包文达、钱士选等,以兵二千人赴剿,贼众势大,遂败绩。文达、士选俱战死。于王不见国计飞马杀入贼围救出,回至安庆。嗣后永生洲参将程龙,及于王等复与贼战太湖丰家店相拒数日,程龙营被贼放火,延烧铳药,贼掩杀至。于王手执大刀,奋勇先登,如摧枯拉朽,然久战重伤,诸将意欲规避,翼于王以行。于王曰:此吾死所也,复何之?遂大呼曰:力竭矣,向北面四拜,拔刀自刎死。数日后贼退,部将张伯昌检获其尸,身如刻画,而色如生。江浦、安庆为之立庙塑像。事闻,赠昭勇将军。荫子以千户加二级。立庙宣武场祀之。弟国计,号丹廷,有胆智,两中武举,累着战功,擢太湖营都司,擒剧盗宋毛三、朱老虎等无算,后放情诗酒以卒。
经略熊廷弼,尝称于王国士无双,荐授三岔河副总兵。时天启元年七月事,将赴任,适代庖守备张嗣忠至,与之同宴,亡何张暴卒,而张子误听千户濮定国谮,遂诬于王毒死其父,系狱。越七年,曹文衡知其冤且才,立释之,卒殉国难。国士之称,洵非溢誉也。
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